日本一周したぼくが世界一周をしない訳

こんにちは、とっくんです。

 

ぼくは17歳のときに日本一周をしています。そのあとはちょいちょい世界を放浪しています。

「世界放浪してるんですよー」って言うとたまに「世界一周!?」と言われます。

 

まあそんなかんじですよーとは言うんですが、ぼくのなかでは世界放浪と世界一周はまったく違うんですよ。ぼくは世界一周はしたくないんです。

そんなモヤモヤした思いを今回はグダグダと書きます。

 

放浪と一周は違う

ここ数年はTABIPPOや旅祭などの影響もあり世界一周ブームなるものが少しずつ訪れているように思えます。大学を休学して世界一周する学生とか多いですよね(多くない?)。

 

若いうちに海外を旅するという経験は確実にその後の人生を面白くするし、ちょー楽しいから大賛成です。

ただ、ぼくは世界一周はしたくないなって思います。

 

なぜかというと一周することが目的になってしまうからです

 

ぼくは日本一周をしていました。

そこで気づいたんです。

一人旅には中だるみ時期みたいなものがあって(ない人もいるだろうけど)ふと「自分は一体何をしているのだろう」とか思うんですよ。

それで「日本一周するって決めたんだからしなければいけない」なんて思っちゃうんです。

 

自分で決めてはじめた日本一周なんだけど、やっぱり辛いことだってあります。体力的にも精神的にも疲れます。楽しいと楽は違います。

 

そんなときには、楽しむことよりも使命感が優先されてしまうんです。

日本を一周することが目的になってしまう。

 

でも、本来の目的は一周することじゃないんです。

楽しむことだったり、日本という国をより深く知ることです。

 

別に日本をより深く知れるなら、一周しなくてもよかったんです。

本質を見失ってはいけないんです。

 

だからぼくは世界一周をしないと決めた。

一周という枠にはまることなく、純粋に世界を知りたかったから。

 

別に一緒じゃんて言われるかもしれないけど違うんですよ。

旅と旅行くらい明確に違うんですよ(これも一緒だと思ってる人いる)。

 

そうだなぁ、グラタンとドリアみたいな。

同じっぽいけど違うんですよ。

 

放浪っていうのは目的を持たなくてもいいし持ってもいいんです。

一周っていうのは一周することも目的の一つであり、する必要があるんです。

 

放浪の方が自由度が高い。

ぼくのなかでは自由=旅みたいなものだから、旅をするならどこまでも自由であってほしいんです。

くだらないことにこだわるのはクールじゃないけど、ぼくのなかでこの「放浪」と「一周」が違うということは重要なことなのでこだわります。

 

まぁ、ただのこだわりの話でした。