今日、覚悟が決まる瞬間がきた

2016年5月31日。

ぼくの人生が動き出した日。

 

高校を中退したあの日から、約1年半が経つ。

今日、本当の意味で、ぼくの覚悟が決まった音がした(カチャッみたいな)。

 

高校を辞める日のこと

高校2年生の春。

「大量消費を終わらせるんだ、地球という環境を守るんだ。」

そう言って海外の大学に進学する準備をしていた。

 

そのときはまだオーストラリアの大学に飛び級する予定だった。

けれど、辞めるときの進路相談で、ぼくの進む道が大きく変わった

 

「大量消費社会はおかしいと思うんです。カッコ悪いと思いませんか?ぼくは自然が好きです。美しくて壮大で、人には到底届かない奥深さがあります。そんな自然を、地球を守りたいんです。だからいち早く、環境保全の勉強がしたいんです。だからいま高校を辞めて、大学に行きます。」と先生に伝えた。

 

すると先生は「わかった、そこまでいうなら、頑張ってこい。」と送り出してくれた。

 

そして、君がどんな技術を開発するのか私たちも楽しみだと言われた。

きっと先生は何気なく、応援の気持ちで言ったのだ。

 

けれどぼくは内心ブチ切れていた。

「技術ってなんだよ。ぼくがこんなに熱く、大量消費社会の在り方に対する疑問と、それを解決してやるという熱い思いを言っているのに、おまえら、全然変わる気ないだろ。」と。

 

この瞬間、きっと素晴らしい技術を開発したところで、人は変わらないと悟った。

まず、「地球を守る、自然を大切にする社会を創るんだ」と言ったら、技術でどうこうするのだろうと考える人を減らしていくことが先決だと思った。

 

この100%人任せな考え方を減らそうと決めた。

 

いや、わかっている。

人はまず地球とか自然よりも自分の快適さが最優先だ。

だから、コンビニは栄えるし、ファストファッションは人気だ。

 

そこは変えられないから、一部の人が、技術を用いて、自然環境を守る仕組みを作っている。NPOやNGOとして、思いの強い人たちだけが懸命に活動している。

 

けど、それっておかしくね?

ぼくらは地球に生きていて、自然に生かされている。

その意識を放棄して、消費に消費を重ねて、美しい自然を滅ぼしてしまっていいのか?

 

ぼくはNOと答える。

だから、地球のことですら自分事として考えられる人を増やす。

 

それが、本質的な、環境保全活動だと考えたから。

そしてぼくは、海外の大学に行くと言って高校を辞めた日に、海外の大学に行くことを辞めた。

 

旅のなかでの葛藤

旅に出た。

 

去年は、食品ロス(食べられるのに捨てられてしまう食べ物のこと)にとても関心があり、その調査と、日本の現状をこの目で見るために日本一周をした。

 

旅のなかでぼくは、常に絶望していた。

 

なんでこんなにも人は勝手なのだろうか。

なんでこんな美しい景色を汚すのか。

 

言葉にできない、怒りと悲しみで溢れていた。

そして悶々とした思いを胸に、日本一周を終えた。

 

ひたすら悩んだ日々

日本一周を終えてからも、外部コンタクトをほぼほぼ絶ち、ひとりで考えこんでいた。

 

「なんで人間はこんなにもバカなんだろう。」「ぼくは一体なにをすればいいんだろう。」

ずっとそんな言葉が頭をグルグルしていた。

 

けれど、ふと、海を眺めていたときに、心がスーッと軽くなったのだ。

 

「人間はなんて哀れなんだろう。でも、その哀れさも愛おしい。」

この言葉が、不意に腑に落ちた。

 

ぼくがたまに使う「世界は悲しいほどに美しい。」って言葉はこのとき浮かんだ。

人の過ち、興亡の歴史、壮大な自然、全部ひっくるめて、世界は美しいんだと。

 

この悲しくも美しい世界を、もっと美しくしようと決めた。

ここから、また精力的に大量消費社会なんてさっさと終わらせてやろうと思い、計画を立てはじめた。

 

どうやって大量消費社会をはやく終わらせようか

高校を辞めてから1年が経とうとしていたが、大量消費社会が嫌だという思いは一向に変わらなかった。

 

だからこの思いを軸に自分の人生設計をしていこうと決めた。

そして、手段を考えた。

技術でアプローチするのではなく、人のマインドに訴えかけるアプローチをとる。

 

そのために、自分の生き様を利用する。

時代の流れ的にも、個人が力を持てる時代になった。

 

ぼくがアンチ大量消費社会を掲げて、その思いをもとに行動する姿を見せて、大量消費社会に問いを持てる人を増やそうと考えた。

 

目的(理念)だけをしっかり定めて、手段は自分が好きなことと得意なことを組み合わせていこうと考えた。

 

行動をはじめて

2017年6月。

18歳になってから上記のやり方で行動を開始した。

 

はじめに本屋を作りたいと思い、いま本屋を作っている。

そして、偶然な出会いから、ビニール傘の再世プロジェクトも始めた。

情報拡散力と、伝える力も鍛え始めた。

 

それから約半年が経った今日。

なにかあったわけでもないが、なぜか、改めて覚悟が決まった気がした。

 

預金残高が減って、ちょっと現実の厳しさを見たからかもしれない。

いい天気だからかもしれない。

昨日食べたプリンが美味しかったからかもしれない。

 

 

なんだっていい。

ちょっとたるんでいたぼくに、

「最近おまえ、本気で生きてるか?」と突っ込まれたようだった。

 

きっと覚悟が決まる瞬間というのは、意外と何気ないものなのだろう。

 

改めて、ぼくは大量消費をさっさと終わらせる。

成熟期に入った日本では、自然と「大きいことはいいことだ→小さいことはいいことだ」という価値観にシフトしているように感じる。

その流れを加速させる。

 

けれど、ぼくは使命感よりも、のんびりとした生活を優先する。

だからぼくのペースで、ゆっくりと着実に進んでいく。

 

今回はただその宣言をしたかった。