「勉強嫌だー。」という言葉の無意味さ

あなたは勉強が好きですか?

それとも嫌いですか?

 

好きならそれでいいのです。

好きで仕方なくて、毎日ワクワクしながら勉強しているならいいのです。

 

けれど「勉強嫌だー。」と言いながら勉強している人もいます。

ぼくはその言葉を聞くたびに思ってしまいます。

 

嫌なら辞めろ。まだ辞める時期じゃないなら、辞める覚悟すらないなら、つべこべ言わずやれ。

と。

(そして勉強は楽しい。)

 

世の中には2パターンの人間がいます。

・嫌なことを嫌だと言いながらやる人

・嫌なことを不満も言わず黙々とやる人

 

後者は話していて面白い。

前者は大抵つまらない。

 

ここには圧倒的な差があります。

それはなぜか?

 

まず、見ているところが違う。

嫌だと言いながら何かをする人はその一瞬しか見ていない。

不満を言わない人は、先を見ている。成し遂げたい未来を見ている。

 

そして単純に賢さが違う。

 

「○○するの嫌だ~。」と言いながら何かに取り組むと、当然自分のやる気は落ちる。しかも周りにもネガティブな感情が伝わって全体の志気も下がる。

デメリットしかない。

 

一方で、黙々と何かに取り組む人は、それだけでまず、信頼される。

そしてその姿だけで周りにいい影響を与える。

 

嫌だと言いながらやることにはデメリットしかない。

そして自分のことしか考えていない。周りに与える影響にまで配慮できていない。

 

仮に、あなたの周りに10分おきに「勉強嫌だねー。」と言ってくる奴がいるとする。

そうとうテンションが下がるのは明らかだろう。

自分も勉強が嫌になってこないだろうか?

 

言葉は重い。

たかが言葉でもずっと聞いているだけで、意識をもっていかれる。

 

「嫌だ嫌だ」という人は害でしかない。

 

もし、自分の周りに「勉強超楽しい!やばい!幸せ!」と言いながら毎日笑顔で勉強している人がたくさんいたとする。

すると、自分も多少なりに勉強が楽しくなるのだ。

 

人は環境にとても影響される。

そして、良くも悪くも適応する。

 

だからぼくは、無責任に負の感情を言葉にする人が苦手だ。面白くないし。

(そりゃぼくもたまには言うけど、言う人は選ぶ。)

 

「嫌なら辞めればいい。辞める時期じゃなかったり、辞める覚悟すらないなら、つべこべ言わずやる。」

 

ぼくの人生にはこの二択しかない。たまに色々増えるかも。

 

嫌だと言っているその数秒も自分の人生なんだ。

そんな時間ムダだ。

「やべー、ちょー楽しい!」だけ言ってれば人生幸せだ。