200冊以上自己啓発本を読んだぼくが、自己啓発本を読み続ける理由

ぼくは高校1年生のときに本にドハマりして以来、ずっと本を読み続けている。

その中でも一番よく読んでいるジャンルが自己啓発本。

 

“自己啓発書(じこけいはつしょ)とは、人間の能力向上や成功のための手段を説く、自己啓発を目的とした書籍。自己啓発本とも。

主に人生について取り扱う分野であるため人生書の一種とも考えられ、人生指南書などの表現も存在する。ハウツー本(ノウハウ本)、実用書ビジネス書なども関連ジャンルであるが、非科学的な内容の場合が多いため、心理学書などの学術書とは峻別される。”

Wikipediaより

 

自己啓発と聞けば、一部の人は、「胡散臭い、怪しい。」と言うが、本を出している人と、そんな発言をする人ではどっちが信用があるかなんて一目瞭然だからスルーさせてもらう。

ただ、自己啓発本が好きと言うと、一部ではなく多くの人が、ちょっと変な目で見てくるので不思議だ(まぁぼくは変な奴だが)。

 

だから今回は、ぼくが”なぜ、自己啓発本を読み続けるのか”を書かせてもらう。

理由は大きく分けて3つ。

 

自分を洗脳するため

1つ目は自分を洗脳するため。

いきなり怪しさ全開だが、これが自己啓発本を読み続ける一番大きな理由。

そもそも、世間一般の成功者と、凡人の圧倒的な差は何かというと考え方だ。

 

ほんとこれに尽きる。

 

考え方がお金持ちなら、自然とお金持ちになる。

考え方が貧乏なら、自然と貧乏になる。

 

考え方は生きる上で最も大事。

 

アルバイトは、アルバイトの考え方をするからアルバイトなんだ。

毎日、自分の1時間が900円で、その時間をいくら増やせるかで物事を考える。

 

一方、経営者は、自分の1時間をいくらにできるか、どうやって価値のある1時間にするかを考える。

自分だけでは限界があるから、いかに人の時間をいただいて、さらにお金を生み出すかを考える。

 

経営者の考え方ができれば、あとはそのためのスキルを手に入れて、経験を積むだけ。

考え方がすべての基盤。

 

幸せも考え方で決まる。

屋根があれば幸せな人もいれば、3億円稼いでも幸せを感じない人もいる。

 

だからぼくは考え方を大事にしてる。

より、本質的な考え方がほしい。

だから、世間一般のすごい人たちの考え方が書かれている自己啓発本をたくさん読む。

 

そしてその人たちの考え方に浸り、盗み、自分のものにする。

そうやって常に本質的に物事を考えられる頭をつくる。

 

自己啓発本をよく読むと言うと「だいたい同じこと書いてるんでしょ?」と聞かれるのだが、この質問は的を射ていない。

 

そりゃ本質的なことは同じに決まっている。

大事なことは少ない。

 

だから内容が被るのは自然なことだ。自己啓発本を読む意味は、新しい情報を得るためというよりも、自分の考え方を常に本質に近づけておくため。

お金持ちになりたいなら、全世界中のお金持ちの考えた方を完コピすればいい。

イチローのような野球選手になりたいなら、イチローの考え方、行動すべてを完コピすればいい。

 

いい考え方、自分の理想とする人の考え方に触れ続けて、自分にその考え方を刷り込むためにぼくは自己啓発本を読み続けている。

 

やる気を出すため

2つ目はやる気を出すため。

ぼくも人間なので、やる気が出ないときは多々ある(やる気が出ないことをやる必要があるのかという問いに関しては悩ましいところだが)。

 

そんなとき、自己啓発本に書いてある言葉は自分を勇気づけてくれる。

しかし、このやり方はあまりおすすめはできない。

なぜなら、ドーピングのようなものだから。

 

一時的に「自分はできる奴!」みたいに思って物事に取り組むが、ドーピングなので、またすぐに自己啓発本を読んで、できる奴になった気分を味わいたくなる。

それで結局自己啓発本に依存していく。

 

まるで麻薬だ。

これが世の中にはびこる自己啓発本の負のイメージの原因なのかもしれない。

 

新しい発見があるから

3つ目は新しい発見があるから。

だいたい同じ内容が書かれていると言われている自己啓発本でも、色んな本を読むとやはり新しい発見がある。

それがたった1行でも、その1行が自分の現状を変えてくれる1行になるかもしれない。

 

まとめ

以上3つの理由で、ぼくは自己啓発本を読み続けている。

自己啓発本を読み続けることに賛否両論はあるが、自分でコントロールして読み続けているなら、それはとても有意義な時間となるだろう。